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春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

やり方7つもあるなんて、もうなんでもいいじゃないか。と素直に思った水曜日

ペディキュアを落として、足の力をもう一度取り戻そうとしてからもう三カ月。
爪たちも心なしか元気になったような気がする。裸の足もなんだか愛おしく思える。
今日のごはんも、失った何かを必死で取り戻そうとしている心が垣間見れるおかずの数々だった。

○アスパラ茹でたの
○えのきとミョウガのナムル
○ズッキーニとウインナーのキムチ炒め
○千切りキャベツ
○長芋とマグロときゅうりのわさびドレッシング和え
○納豆
○雑穀ごはん
○漬物


野菜室に埋もれていた野菜をなんとか救出した。アスパラガスおいしい。
まだまだ料理と言えない料理だけど、リハビリのような生活をはじめたい。リハビリするところまでこぎつけたという意味では、褒めてあげたい(自分に甘い)



食べることは生きること。
思うことも生きることだとおもう。

 


気づいたら、できる限りお風呂の後はパックをするし、毎朝前髪は巻いてから出かけるし、髪の毛を一つにまとめるのにも手間をかけるようになった。そうしないと、昨日の自分と同じにならないんだって知ってから、それらの手間が普通になる。
そうやって、やることもやれることも増えていって年を重ねるとはこういうことなのかな?って、ぼんやり考える。


あー、書きたかったことはこれじゃなかったのに、ふと、足先を見たら爪があって、お風呂の後にパックを忘れると後悔の念が翌日あるなぁと、ふと。



今の私は解体屋さんのようだ。
身も心も、はたまた働く場所までも、バラしてバラしてひとつひとつの材料を見直してる。
素材として。
お店までそんなことをして、実際良いか悪いかわからないけど、気持ち悪いのだからしょうがない。そこに居る人間として、過ごしやすい場所を作ってもいいのかなと、やっと思えたんだと思う。


他人には、「無理しないでね、逃げてね、大事なのは自分だし、私はあなたが大事だよ。」って事あるごとに話してて。
これは本当に、誰かが傷つく姿を見たくなくて、悲しい気持ちになってほしくなくて、できれば周りの人にはみんな笑ってて欲しいし、ぐっすり寝て欲しいし、仕事は楽しいなと思ってほしくて。
でも何より、悲しんだり、辛かったり苦しかったりする姿を見ることが自分にとって一番嫌なことなんだって。もしかしたら、優しさじゃなくて自分のエゴなのかも知れない。



やり方を自分で操作すること。
どこまでも特別だし どこまででも埋もれるから、だから模索するんだと。
自分はダメだー!は自分はダメじゃない!と同じで。頑張れない、は頑張りたい!だった。

私には私の言語があって、誰かと話すときには共通語を使う。彼もまた同じ。
たまに同じ言語の人に逢えたりする。ほんと、たまに。
 それはみんな同じなのかも。