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春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

そこにわたしはいない

ばばばーって、何かが決まって、何かが進んで…
そこには絶対に自分が必要なはずなのに、置いてきぼりをくらう感覚。に とても敏感になっている。

誰とでも。

近づくことも離れることも、一方的なものはどちらも暴力なのではないか。



乗り越えなければならないものがなにもないのに、全く自由ではなく、世界がどんどん狭くなっていくけど、これは抱きしめれば済む話なのか?抱きしめられれば、この澱んだ空気は流れ出すのか?考えてても全然わかんないや。


もう誰のことも苦しめたくないなぁ。ってだけがどんどん大きくなっていく。


ダイニングテーブルがやっぱり欲しいね。って話をした10日後には、こんな風になっていたり、不思議なものだなぁ。
もちろん、現実は「不思議なものだなぁ。」なんて呑気で穏やかな感情は一切なくて、
後悔なのか、この先の恐怖なのか、どちらとも言えないけど、決して爽やかではない色の渦巻いてるものが身体の中を支配している。

なにを頑張ればいいのかわからなくて、夕飯を作ることだけ変に意識してしまう自分が興味深い。


自由とは、?
優しさとは、?


エスパーでも、マザーテレサでもないので
私は私の優しいと思う優しさしか表現できない。それでも、他者を通して違う表現の優しさを知ることはできる。
感動したり、ホッとしたりして、その優しさも優しさなんだと知って、取り入れたり、自分もそうなりたいと願ったりして。
形はどんどん変わるって思ってる。

例えば、思考や嗜好、個人のすべてを言語とするならば…、
みんなそれぞれ言語を持っていて、話が通じないなと思う時、相手が何語で話してるのか知りたくて。
わからない。は終わりを意味する。
私は会話をしたい。
その時はわからなくても、勉強して、欠片を拾えるようになりたい。

必死で、私はこんな言葉をつかっています。
だから、あなたのも教えて!って言い続けてきた気がする。
でも、もしかしたら、はじめから興味がないのかもしれない。見えていないのかもしれない。聞こえてないのかもしれない。
そうなら、いろいろ合点がいくなぁ。



あぁ、そういえば働きたい場所があったな。行きたいところがあったな。やりたいことがあったんだって、ふと、これからを想像した時に頭をよぎった。
よくある、怪しいセミナーや自己啓発のあれではないけれど、
自分を喜ばせてあげられるのは自分しかいなくて、生かされてはいるけど生きることを決めるのは自分だけなんだって、
脆い精神の刃を持ちながらふらふらで戦いに行こうとする中での唯一の自分であるという感覚。

そうなると、私が居なきゃいけない場所なんてないし、私が絶対必要な人なんていない。
(ただ、君が私も含めた君の未来を想像した時、私は絶対に必要になる)。



いろいろこねくりまわしたけど、タイツを履いてもいい季節がきてうれしい。
パーカーとベレー帽を買ったので、今日のスタジオで着ていこう。
そして、あったかいカフェラテを買って深夜のドライブでもしよう。

そう思うと、1日も楽しいな