春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

フジロックに行ってないけどフジロックに救われてる人の日記のようなもの

夜と朝が繋がるとずっと夜と朝の繰り返し。
起きたか寝たか寝たか起きたか(寝てはいる)
やっぱりながーくぐっすり眠れる人が羨ましい。時間に追われなくてすむお休みの日を待ち望んで過ごしている期間。


フジロック小沢健二氏をYouTubeで見つけて何度も見てしまっています。
転換中のお客さんの話し声もステージへの期待と高まりもストーリーになっていて、見ているこっちも胸がきゅっとなってニヤニヤしてしまう。あんなに包み込まれる時間はないよなぁと。
それでいて、新曲も良かった。混沌と秩序が一緒にある世界へ。希望と絶望が一緒にある世界へ。
続けることというよりは辞めないことなのかな。。?生きることか、それが表現となることか。

いやぁ……、私はあういう時間が好きだな。

過去も含めてがやっぱり好きだな。

でも、好きだなって思えるのは今が好きだからで、今が好きだから過去も愛せるんだよなぁ。
自分に向かっているのにそれがとてもオープンなものであること、そういうものに憧れているのかもしれない。


そういえば、このブログをはじめた最初の日に思想哲学世界観を振りかざす的なことを書いたのですが、いまいち哲学ってよくわからないまま生きていて。2年経って、2年経った今の方が生きることや人生とは、彼や彼女の事情から自分の世界平和とは?とか、大きくなる子供を通して存在することとか、とにかく毎日考えていて。もしかしてもしかして私が日々考えていることをまとめると哲学になるのか……?と、國分功一郎さんの暇と退屈の倫理学のまえがきを読みながら思った7月の終わり。




考える、の整理をね。したいです。