春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

ピーナッツ食べると吹き出物が…っていうベタな展開を現実世界で展開している人の日記のようなもの

気を抜くと食べ物の話ばかりになってしまうのは本当に毎日ずーっと食べているからであります。

ウォーキング(軽め)と筋トレ(超軽め)が首の皮一枚つながっているのでなんとかぶくぶく太るのを阻止できている感じ(3日休むと阻止できない)。むしろ太らないのでずっと食べてしまう(3日休むと太る)。なんでや!なんで、痩せたいって口癖のように言ってるのにキープしようとしてるんじゃ!それを辞めたらするする行くはずだぞこのやろー(ほんとうに!)とたまに強い気持ちが出てきてくれるんだけど、この意志の弱さたるや。

太ってないんだからいいじゃん、むしろちょっと筋肉付いてきてるわ!っていう無駄な自分VS自分の戦いよ(丸3日休むとくるよ…きてるたるみ)

 

しかし、内臓脂肪でしっかり蓄積されている気もする(丸3日休むと外側もくる)。

ということで食べまくって三日間ただの生活すると影響あることが証明されました。

あとおでこの吹き出物やばい(これはピーナッツの食べ過ぎ)。吹き出物を潰さずに治したことがない で有名な私なんですけど、こうもいい大人になりますとまじで触っちゃだめね(今日剥がしてしまった)(なんか陥没しててこわかった)

 

吹き出物は絶対に触ってはいけません(35歳  既婚女性)

 

 

 

 なんとかご機嫌にしていたのに朝シンクの中の洗い物を見たらスイッチが。責めているつもりはなかったけど愚痴や嘆きは攻撃とみなされる。反省もしたけど話の噛み合わなさにダメージを受ける。

オープンギリギリにお店について お店についたらホッとして泣けてしまった。

 

「不安定が爆発して遅くなりました」

「全然大丈夫ですよ」

「すごい元気なんですけど泣きながら作業していいですか」

「少しでもすっきりできるなら、私もよくわぁーっとなります」

 

 

一年くらい前まで、私はお店に行くのがつらかった。家の中もつらくてお店もつらくてまさに八方ふさがり状態で。仕事は好きなのにどうしても力が入らなくてふらふらしていて、そんな日が毎日続いて本当にきつかった。それでも一年経って、ホッとする場所になっているんだなぁと あんなに取り乱して運転して来たのに不思議な気分だった。スタッフさんは聞き下手でごめんなさいって言ったけど、そもそも私は一切話さないタイプなのだ。

泣きながら作業させてくれるだけで、

それを言えてるだけで、

私にとってはどんなに救われているか。

完全に一緒に働いてくれてる人達のおかげだし、伝える訓練に付き合ってくれた人のおかげ。

 

…そのあとはうれしいことばっかりだった。

お客さんが東京のお友達を連れてきてくれたり(話してみると向こうでここの噂を聞いて来てくれたらしい)、ランチタイムにブラジルのスタッフさんが洗い物に入ってくれたときの会話とか。別のスタッフさんが空スペースに棚を作ってくれたりとか。みんな優しいな。みんなただいるだけでもお給料払えるくらいになりたいよ。

私は完全にそういう理由でもっと稼ぎたい。

もっともっと私に関わる人のことえこひいきしたい。人を憎んでその場所も憎んでたけど、今は場所は愛せているのかもなって。

 

仕事の仕方も家族のあり方も自分の生き方も、ここにいることできっとすごく変わったと思う。仕事さえできればよしとしていた部分が多かったし、家族って家族で成立させるべきいろんなことがもっとあると思っていた。

こんなに生きづらいとも思わなかった。

長く共に暮らしていた相手のことも全然知らなかったって思い知った。

多文化多世代共生とか、頭で考えて話している人達より、そんなこと別に考えてもなくて、そこにいなくてもいいと思っていた人が違う国籍の人達や障がいと呼ばれるものを持っている自覚のある人達、いきなり裏口から入ってくるおじいちゃんと 話したり一緒に仕事しながら思って変わっていった自分を割と確かなものとしてる。自信と疑問の間を行ったり来たりしながら未来を見ている。

私はなるべく早く進めたい。思ったことは絶対にやりたい。自分の人生を自分で決めるための研究をするのは当たり前だと思っていた。

でも、そんなことないんだなって彼と話すと思う。

どちらが良い悪いの話ではないんですが、

彼は研究する必要がなかったんじゃないかな。

私は研究しながらじゃないと生きてこれなかった。環境が違っただけ。

 

ただ、環境の違いで生まれた思考の違いを「あなたのそれは苦しい生きかたなんじゃないか?」と言うことによって良い悪いにしちゃうんじゃないかなー。偽物も本人が本物と思うならそれは本物だし、安いものだって思い入れがあれば宝物だし、あなたのそれっぽっちはわたしの救いだ。

そうやって、デコボコ凹凸パズルのようにハマる瞬間を見つけられてそれを喜びと思うんじゃないのかな?

 

アメーバみたいな世界と小さい細かい無数のパズルの世界。

 

 

はーーー!まとまらないけど一日でとてもいろんな感情になった。こうやって生きてる自分が結構好きだ。大きい金額のお金は生み出せないかもしれないけど、私は私の周りの渡したい人達に渡せるだけのお金をちゃんと作りたい、まずは。お金の話になるのは、今お金で解決できるものがあると思っているからです。

いらなくなる時もね、くるよね。

ただ、もうすこし先の未来ね。いらなくなる未来と必要な今を同時進行しなくてはと強く思ってる。