春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

スパゲティを何十人もで必死に運ぶ蟻を皆殺しにする殺人鬼のおはなし

一言で済んでしまう1日。

なんで働いてるんだろうとぼんやり。


みんなのお給料を上げたくてあれやこれや手を打って頑張るけど、私のお給料を上げようと頑張る人はいないんだなって、ふと、思ったら、なんだろなぁってちょっと虚しく?悲しく?なって。でも、一緒に働いてる人が幸せなのが1番いいなって思うのはほんとで、なんというか、まぁ、今日は朝からバッタバタでイレギュラーなこともたくさんでお客さんはいっぱい来てくれて、ありがてぇ、でも身体がもたない…!のはざまにぎゅーって挟まれてパチンって終わってしまいそうだった。



疲れたとメンタル落ちてるのがうまいこと重なると、ふわっと死んじゃう説にやっぱり一票であります。
なんというか、辛いとは別の。空白ができちゃう感じ。今までも、何度か、「こういう時に飛び込んじゃうのかな…?」って瞬間があって、それを考えてる私は多分絶対死なない人間なんだろうけど、なんつーか、疲れるもんは疲れる。しんどい時はしんどい。
そんなのも結局、権力を持ってる人に見てもらえてないと意味無い。
だから、見てあげたい。私が思う「頑張る」を実践してる人を見続けたいから力を持ちたい。
認める。を形にして渡したい。
私はきっと、私みたいな人を増やしたくないんだと思う。
生きることに悲しいはいらない。
口先だけの楽しいもへらへらした思想もいらん。
もちろん、楽しいことも嬉しいこともいっぱいあって、生きることは辛いことも悲しいこともいっぱいあるのが普通なんだけど、
もっと悲しいや辛いが力になるような暮らし方をして欲しい。
それを自力で頑張れよ。って言うのは余りにもだし、自力で頑張れるくらいのパワーを残してあげたい。
生きるためにすり減らすのは間違ってる。
そうじゃなかった私はすこしだけそうなる方法を知っていると思うから、絶望という名の希望を抱きしめているのだと思います。