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春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

9月最後の救世主は松田聖子だった



ホテルや旅館ってお布団1枚しかないけど、ずっとタオルケットや毛布を間に挟んだ状態で過ごして来た身としては、あれがいつになっても落ち着かない。夏場Tシャツを肌着なしで着るのも同じような感覚になる。
(とはいえ、1枚増えるだけで掃除や洗濯がものすごい大変になるのは経験者なのでわかる…!)



クローズアップ現代を見たくてテレビをつけてそのままLIFEとSONGSを見ました。
テレビを長く見ることがここ数年ほとんどないので、なんだか新鮮でそれでいて楽しかった。

松田聖子。最初見た時、「わぁっ!」って顔に違和感感じまくりだったんだけど、話し方とか表情とか、めちゃくちゃかわいかった。どんどんかわいくみえてきて。どんどん惹き込まれる。
あれは魔法なんじゃないか!って思うくらいに、松田聖子は女の子だった。
可憐という言葉もしっくりくるくらいに。


と、ものは試しと買ってみた美顔ローラー的なもので顎をコロコロしながらテレビを見ていました。アレはあれだ、ほんとにテレビ見ながらとかじゃないとできないや。
ローラーをコロコロする時間だけ、はなんだかもったいないけど、本を読んだりスマホをいじったりしながらだとそこまで器用にできないや…ってなってしまって、テレビも悪くないなって。


あー、あー、がむしゃらだけは美しくない。
私はがむしゃらだけだと美しくできないよー。
がむしゃらを美しくできる人に憧れる。

美しい人。美しい人になりたい。
いっぱいいっぱい考える。
考えても無駄かもしれないと思う。
やらないよりやる方がいいなという結論に辿り着く。
いっぱいいっぱい考える。

この人でいいのかな?じゃなくて、この人といたいな!が良い。ほんとそう。

わたしは?できてる?
わたしは?思われてる?


(数日前にしたためた下書きより更新)



次回は宇多田ヒカルの新譜について…!

スパゲティを何十人もで必死に運ぶ蟻を皆殺しにする殺人鬼のおはなし

一言で済んでしまう1日。

なんで働いてるんだろうとぼんやり。


みんなのお給料を上げたくてあれやこれや手を打って頑張るけど、私のお給料を上げようと頑張る人はいないんだなって、ふと、思ったら、なんだろなぁってちょっと虚しく?悲しく?なって。でも、一緒に働いてる人が幸せなのが1番いいなって思うのはほんとで、なんというか、まぁ、今日は朝からバッタバタでイレギュラーなこともたくさんでお客さんはいっぱい来てくれて、ありがてぇ、でも身体がもたない…!のはざまにぎゅーって挟まれてパチンって終わってしまいそうだった。



疲れたとメンタル落ちてるのがうまいこと重なると、ふわっと死んじゃう説にやっぱり一票であります。
なんというか、辛いとは別の。空白ができちゃう感じ。今までも、何度か、「こういう時に飛び込んじゃうのかな…?」って瞬間があって、それを考えてる私は多分絶対死なない人間なんだろうけど、なんつーか、疲れるもんは疲れる。しんどい時はしんどい。
そんなのも結局、権力を持ってる人に見てもらえてないと意味無い。
だから、見てあげたい。私が思う「頑張る」を実践してる人を見続けたいから力を持ちたい。
認める。を形にして渡したい。
私はきっと、私みたいな人を増やしたくないんだと思う。
生きることに悲しいはいらない。
口先だけの楽しいもへらへらした思想もいらん。
もちろん、楽しいことも嬉しいこともいっぱいあって、生きることは辛いことも悲しいこともいっぱいあるのが普通なんだけど、
もっと悲しいや辛いが力になるような暮らし方をして欲しい。
それを自力で頑張れよ。って言うのは余りにもだし、自力で頑張れるくらいのパワーを残してあげたい。
生きるためにすり減らすのは間違ってる。
そうじゃなかった私はすこしだけそうなる方法を知っていると思うから、絶望という名の希望を抱きしめているのだと思います。

お酒を飲みながら話すことなんて後々残らなくていいです。

所詮酒のつまみ。

場所やサービスは作った人の顔が見えなくなるくらいが良いなぁと思っていて、深夜のやりとりを見ながら、やっぱりそうだなぁとなった。


私は彼に自分より経営者だ。とたまに言われるのだけど、たまたま、今興味のあるものがそういう人達だっただけで、それに多分みんな経営者になりたくてなったわけじゃないというか。
自分が生きるためには自分でやるしかなかった。がスタートラインなんじゃないかって思っているから、別にみんな一緒のような気がする。
でも、この、みんな一緒のような気がする気持ちは経営者に向いてないとおもうし、みんな一緒のような気がする気持ちが経営者の考えも持っていると言われるところなのかもしれない。
最近は割とそんなものどうでもいいと思っていて、なるべくなるべくいろんなものを見たいし知りたいなってそればっかり。

個人的に頑張らせることっていうのは比較的簡単だと思っていて、何が目的なのか、が私はやっぱ一番。その瞬間 何を一番にするのかってだけの話なのか。そんなの、まぁ、全てにおいてそうだね。なんか、もう、ほんとうに自分の力以外の力が周りに溢れていて、反省と感謝を繰り返しています。と同時に自分の力も信じること。
ぼーっと静かな場所で暮らしたいなぁとか思ったりして、頭の中で想像して、あぁのんびりだわ。っていう遊びをしています。
……そういえば、仕事も暮らしとよく言うけれど、私は「暮らしも仕事」がしっくりくるなぁと さっき思いました。
暮らしも仕事、の方が重みがでちゃうけど、でも、この方が余計なことを考えなくて私には軽いな。

って、こういうことなのではないかと思う。
あぁ、足りないのはこういうところなのかなって。
意味は一緒でも違う話し方、伝え方だったりすることがあって、だから、最後まで話を聞きたいし、話を聞いて欲しいって思うんだよなぁ。



先日、蒲郡まで娘と仕入れをしながらデート。回転寿司やさんに入って2人でカウンターに座って食べたり、ショッピングモールであーでもないこーでもないと話しながらわいわいした。コンピュータの手相占いでも、当たってる!ってなって可笑しかったな。彼女はとても素直でそれでいてよく周りを見ていて、ドキッとすることがたくさんある。
いろんなことをいっぱい考えているんだよなぁ、考えて決めてるんだなってのがすごくよくわかる。こんな小さな身体で、手とかほんとにちっちゃくて、なのにしっかり人間の手で、触ると泣けてくる。なんというか、地球上で命をかけて守りたい人はこの人だけなんだなって思う。そのコンピューターの手相占いでも、伴侶より子供を大事にします。とあって、自分の感覚に信憑性が高まる夜であった…


と書いたかと思えば朝帰りしたり、いろいろあれです。
なんか、あれです。
どんどん外に出たい!の気持ちと、まだまだ内側にもなにかあるんじゃないか?の気持ち。どっちも見え隠れしちゃう人が好きだな。って、話しながら思いました。
酔っ払いはろくな奴がいないですけど、たまに起こるカオスやミラクルはその人が酔ってない時にやってきたことが出たものなんじゃないかって、、、先輩の隣でベースを弾きながら必死で展開を忘れないようにする若輩者は考えるのであります。



まぁ、うだうだと言ってるけど、完全に風邪をひきました。ちゃんちゃん

摘果みかんを食べながらバケモノの子を見ている

くそ真面目なアレをあれして書き溜めたけど、なんかどうでもよくなってしまったのでお蔵入り。


9月の目まぐるしさがすっごいよ。

事故にもあうし、目も悪いし、お酒飲みすぎるし。一週間ご飯作れなかったし。

でも、眼鏡似合うよって言ってもらえたし、お酒のお陰で強力な助っ人がやってくるし、いっぱい歩いて更に仲良くなれた気がしたし、朝まで飲んでけらけら笑ったりした(寝ずにする仕事は地獄ですが)。昨日はサンマの煮付けを作ったし今日は餃子にした。


正しさは信じるだけにしたいなー。
自分の人生は自分で決めたいなー。
決めたいじゃないか。決めてるのに決めてないと思うことは少し損をしてるような気がするなー。



しかし、摘果みかん、すっぱいけどおいし。
野菜や果物がいつでも手に入って食べられるって幸せだなー。
キャベツの千切りはソースかレモン塩で食べるのが一番!
いっぱいしょうががあるのでスープやご飯に乗せて食べている。
あぁ〜作ることも美味しく食べることもどちらもすきだな。そう思うとやはり和食が好きなのかも知れませぬ。

朝5時に入ったお店で食べたサンマの塩焼きもおいしかったし、朝5時に呼び出して来る彼もすごいと思った。そんで、帰ると言ってるのにコンビニで缶チューハイを買う彼も、なんか、もう、ほんとにすごい。
もうすこし長い間逢いたいから、みんな身体ちょっと労ろうねって思った。
あと、酔っぱらってるときに送ったメールの相手してくれる彼もすごい。ごめん、ありがとうをいつも抱きしめている。


ベイビーステップは合間にケーキを焼く。にした。

(気持ちの備忘録的な、自分を勇気づけるメモ的な)

毎日、空を眺めることが習慣になってきた。
今日の夕焼けもよかった。運転中だったので写真は撮れなかったけど。

予約が少ない日の朝、facebookに投稿したら、ランチタイムにどんどんお客さんが来てくれて、あれよあれよと満席になった。

関係あるかわかんないけど、うれしかったなー。
昨日もちょっとした失敗からマフィンを作ることになって、思い切って焼きたてで出してみたらパートさんが上手に営業してくれて完売したりして。最初のうっかりを3人でひっくり返した感じ、よっしゃーって気持ちよかったし感謝した。
今まで、つらいや大変ばっかり聞いてきて、余計なことを増やさないように、効率効率、って無意識に考えてて、思考がどんどん縮こまっていたんだな…って。あぁ、お願いしてもいいし、毎日違うことが起きても、もしかしたら大丈夫なんじゃないかって。
嬉しいことを一緒に喜ぶのもいいなぁと心が少し軽くなった。それは、きっと、その人達と一緒だったってのも大きいのだけど。

きっと、誰かに話せば、「そんなのそうじゃん」「怖がる必要ないのに」って言われちゃうんだろうけど、私にはとても大きなことだったよ。
ずっと、彼女と私は陰と陽だと思っていたんだけど、もしかしたら、彼女がいたから私は陰に回ったのかもしれないし、私が勝手に彼女を陽にしたのかもしれない。なんにせよ、私が陽になることもあるのかもしれないなとか。
なんでもいいんだよなぁとか。


小さな小さな成功体験を積み重ねる。



これから、絶対に大変な状況になるんだけど、近づけは近づくほどなんだかぼんやりして、なんとかなるよって楽観的な部分もあり。

でも、変わるには、自分が変わらないといけないんだ。
みんなで打ち合わせをしたとき、なんかなぁ…ってしこりのように残ってたものが、自分が変わりたくないって気持ちなのかもなって思ったりした。

変わろう!に、まだ怖さがあって、なんだかドキドキして震えている。楽しみも恐怖もある。
誰かに聞いてもらいたい、誰かにそばにいてもらいたい。涙も出てくる。
感情がぐちゃぐちゃ。でも、嫌なだけじゃなくて、どっかで乗り越えたいと思っていて、だから、ぎゅーって身体の内側に力がどんどん向いていく感じ。
この感じはなかなかなかった。今までものとはちょっと違うような気がする。


ずっと、私は強い。と思っていたし、そうじゃなきゃ生きていけない、と今でも思っているけど、あれ?こんなに弱いっけ?って。
その度に強くならなきゃ強くならなきゃってなってたんだけど。
そうだ、そうだ。強くなったんだった。
ほんとうに臆病で、甘ったれで、でも、やるしかないっていっこずつ、武器を手に入れて私は強くなったんだ。
で、、変わることはそれを全部無くすことだと思ってしまっていて。きっと、だから怖いんだ。

大丈夫、大丈夫。武器や服だけじゃなくて、それを身につけられる身体も頭もちゃんと育っているよ。って言ってあげる。

自分の中に、お父さんやお母さんや赤ちゃんや大人になりきれない子供みたいな自分を持っていて、毎日自分で自分をあやしている。
自分で自分を叱ったり、なだめたり、本当に?って問いかけたり…。

この数日、またなんとも言えないうねりができている気がしてて、今日の自分の違和感を冷静に見つめられてよかった。
あと、眼鏡を買った。ひとりでいけた。
道も覚えた。スクワットのお陰か猫背が治ってきた気がする。

これもまた成功体験!



もう、絶対に腐らないぞ。自分のしてきたこと、これからすること、絶対に腐らせないんだ。

そして、これも、たかだかひとりのちっぽけなやつ。
それでも、腐らないって決めたんだ。



眼鏡に似合う顔になるには顔の筋肉を鍛えること、おでこをつるつるにすることが必須であるような気がしましたので、今日からその辺も気にかけつつ日々を生きたいと思います。







今年は最後だなぁ…と思ってから3玉目のスイカを本日手に入れました。

この夏はよく食べた。大きいのから小さいのまで、私史上最高に食べた。(まだ食べる)
もうね、ここまで好きだと大きく切って大胆にかぶりついて種をぺーっ!とかじゃないからね。いかに効率よくロスが少なく、ですからね!
   
【1口サイズにカットし丁寧に種を取り、ボールに山盛りにしていつでも食べられる状態にしておく】……これがマスト!
ご飯を炊くよりめんどさいような気もするけど、すいかを快適に食べるためにはその辺全然気にならないのであります…なんというか、すいかを好きで居続けたいからこちらも努力するわ。的なね。そういう気持ちありますよね。
そういうの大事だよね。

そのおかげか、夏の間、アイスやかき氷を食べる回数が劇的に減ったので良かったのかな。

果糖と上白糖の戦いがここに!




空がすっかり秋になってしまった。f:id:DOKUMURAGIRL:20160903044054j:image(秋、いるかビレッジ)
最近よく空を眺めている。写真にも収める。
夏の雲は遠くてジリジリとこちらの様子を伺っているみたいだったけど、秋の空は厚ぼったく取った絵の具をぺたぺた塗ったような空だったりするね。不思議さだけでいえば、空もオカルトなのかなー。

f:id:DOKUMURAGIRL:20160903044313j:image(夏の終わり、どこか)

へらへらした信念みたいなものを風に流した。
そのままどこか遠くまでいってはくれぬか。と。
私には必要ないものだったけど、どこかの誰かにはぴったりハマるかもしれないよ。と。


できた曲を録音したんだけど、こう、自分にとって気軽でないことを気軽にできることにしみじみと感謝しました。
おかげでとても好きな曲になった。
音楽はなくても生きられるけど、でもやってると新しい気持ちに出会えたり気づいたりして、私はあるとうれしいなぁと思った。正直にいようと思えた曲を作れてうれしいな、うん。


ブログを書こうとすると、あれもこれもとなってバラバラになってしまうけど、私の脳内もあれもこれも考えているので、これは見事!私を体現しているブログである。えへん。


まぼろし博覧会のあのマネキンじゃないけど、好きなものだけに囲まれていたいよ。って。
そのためにどんどん、これでもかと捨てたり抱きしめたり伝えたりしていきたいな改めてと思ったナイスサタデーであります。


みなさま、良い週末を。



あぁ、大丈夫。僕らはちゃんと変化している。

9月はみんな、始まりの時だよ


側という程近くないけど、リアルタイムで作られる彼(や、彼の作るもの)を見ていて、自分でもいろんなことを考えてた。変わっていく様や今までの頑張りとか苦労を少なからず知っているから、私も自分のことのようにドキドキしている。

全然、規模や思いや形やら、みんなそれぞれ違うけど、私は私ですごく大きな8月を過ごして……そして終わった。
最後の最後に安心をもらえて、それでまた頑張るんだろうな。


はじめ。なんにもなかった。
あったけど、なんにもなくした。ほんとうにはじめから。
場所だって、畑を更地にして地盤をつくるところから…

ある人には夢ばかり並べて。
ある人にはお金儲けばっかり。
ある人は家族のことを何も考えてない。
ある人はそんなんでうまくいくならいいね。

いろんなことをいわれた。
離れた人もいるし、もちろん、おもしろいねってそばにいてくれた人もいた。甘い汁を吸えるんじゃないかって思って近づいて来た人もいただろうし、こちらもそんな時があったのかもしれない。


私は一緒に暮らすその人を応援する。という形から始まった。
それでやるしかなかったし、やらないと終わってしまう状況が今だってずっとある。きっと、これからも。出来なかったこともたくさんあるし、諦めたり、目的を修正変更しながら振り回したり、振り回されたりしたけど、そうやって道は作られるんだなってベタだけど実感してる。。




憧れの人に認められること。嫉妬しているよ。と言われること。
なんて、なんて、最上級の褒め言葉だろうなと思うよ。
よかったね、よかったね。って。この場所を作り続けてきてよかったね。って。


私も私で、やってきてよかった。
やっと、同じ土俵に立てたような気分。
私も私を褒めていいんだ。
そして、とびきりの一曲ができた。キラーチューンと呼んでいいんじゃないかな。
あぁ、一緒なのかな?暮らしなのかな?
私もそうやって混ざったり繋げたりしてるのかな。


やっと。やっと始まり。
全然きれいじゃない、ぐちゃぐちゃのままスタートラインを引く、そんな気分で。


9月がはじまりました。