春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

夜のおやつはミルクティーとりんごのチーズケーキ

前回のブログ(数時間前)にも記した通り完全に塩分過多の生活をしている。おせんべいならいいか!って味しらべと新潟仕込みをこれでもかと食べているし、冷奴に高菜の漬物アンドお醤油とかしちゃう。バランス取ってるようで取れてない…

あ、むくみがすごいのってこれのせいかも……??

(塩分塩分言ってますが、糖分もしっかり摂取しています。半人前のケーキやさんなんで食べて確認ばかり…) 

 

 

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早速ですが割とがっつりSMAP世代な私なので、やっぱり72時間テレビ見ちゃってたんですよ。ちょこちょこと、うん。もう数日も前の話ですけどさせてください。

ファンというか共に生きていたって感覚があります。SMAPがいたのが普通と言うか自然というか…もちろんテレビの中の人なんだけど、田舎でゲームもインターネットもまだ普及していない時代を過ごしている身としてはテレビからの情報が大部分を占めていて、それでいて大人になったら選択肢は増えるけど増えた分欲しいものだけ集められるので逆にテレビを見なくなって馴染みのあるものが昔のものばかりになっていくという。そして直接会ったこともない人を嫌いになることもないのでずっと良いポジションにいるというね。

スマスマの第1回目の放送も 森くんが抜ける時も 解散の時も…かじりつくとか追いかけるとかとは違う、面白いとか面白くないとかとも違う、見届ける気持ちと言うか。

たぶん、この年代でテレビを普通に見ていた人達はそうなんじゃないのかな?と思った。

 

 

……続けていいですか?ちょっと、ほんとに思うところがたくさんあって、なんだかこんな風にそわそわしながら過ごしたのも久しぶりだったんです。いや、これはほんとに面白いから見てたとかじゃないよね。ちゃんといるよってのが伝われーって思ってた部分があったり、受け取りたいって思っていた部分もあったり。

森くんと逢った時の3人の顔とかさ、もうさ、堪らなくなかったですか?脱退したのは20年も前なのにさ、それなのにさ、あんな顔をするわけですよ。慎吾くんのさ、森くんすきすきーが溢れ出てるのがあったかさと切なさをどんどんくれるわけです。20年前のことをあんな風に話す時間が、過去とか時間とかじゃなくて今なんだって思い知るというか。

特別な世界が普通の人達ではあるけれど、新鮮にパッケージングされたまま20年経った部分が確実にあったことがちょっと衝撃だった。

森くんが「自分の職場に来てくれてうれしい」と言ってたのも「会いたかったもん」ってサラッと言うのとかもさ。つよぽんのギターや、やるやらないの切り替え方の狂気さとか。なんかすごかった。こんなにずっと見ていた人達なのにこんなところもあるんだ!まだ新しい部分があるのか…!って驚いたりして。最後の最後、森くんのメッセージで吾郎さんが抑えきれなくなってあんな風に泣く姿にもグッとくるしかなかった。なんにも平気じゃないんだなって。それでも生きているんだなって。言ってしまえばおじさんたちですよ。おじさんたちの涙でもらい泣きしてる私もおばさんで、でも、私にとってはアイドルで。ただただかっこいいなって思った。

アイドルをし続けるって決めた人達かっこいいです。

進むしかないし、生きるしかない。し、いくらでも進めるしどこでだって生きていける。

 

スーパーヒーローも魔法使いも救世主もさ、いないんだ。でも、なんでスーパーヒーローはあの人だなーとか彼は魔法使いみたいだなって思ったり救われたって思えたりするのかって、無意識のSOSの場面に居てくれた人達だったからじゃないかな。優しくされたからとか具体的に何かしたとかそういうのじゃなくて、あの瞬間そこに居てくれたから。写真を送ってきてくれたり、ふいに電話がなったり、テレビの画面からドラマのセリフや歌から受け取った言葉とか…「想っていた」が確認できた時に救われたりする。ヒーローが生まれる。

それって全部こっちのさじ加減で。テレビの向こう側も携帯の画面の向こう側も私には同じようなものなので、だから遠くの人のことばかり想ってしまうのかもしれない。

 

 

好きな人には好きっていいたい。グッときたことは伝えたい。嬉しかったこともかっこよかったところも。いつかの愛になるように。誰かのかけらになれたらいいな。誰もが救世主だし、誰もが魔法使い。自分で自分を救っているともいうよね。ちゃんと体温を持って誰も憎まず動けている時の心地よさを知っているので、誰かを羨んだり負けたくないって思いすぎちゃうことが怖い。

いつだって誰かのためは自分のためだから。

諦めること、距離を取ること、一歩踏み出すこと、ぐっと堪えること、堪えないこと、伝えること、想うこと、決めること、決めたことをやること、私はやっぱり、そういうのが好きだ。

正しさは自分の中でだけ。正しさは自分のためだけに使えばいい。

逢いたいひとに逢えるように私は私を生きていたいな。