春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

とうもろこしの茹でたての匂いに勝るものはなし

びっくりするくらい毎日悪夢にうなされている。声が出ない夢を見て飛び上がって現実でも声の出し方がわからなくなっててとても焦った。でも、あれは、声が出ない夢なんじゃなくてずっと無視され続ける夢だったかもしれない。と、フライパンを振りながら考えていた。





匂わせること、みたいなものをどんどん苦手と感じている。自分もやってたのに。というか、むしろ好きだったのに………不思議なもんです。
良いな、と思えるものだけ傍におきたい。
それに触れて私が温かくなれるものだけ見続けていたい。
それで私も誰かの傍に置いてもらえるなら、それはとてもラッキーで。ラッキーくらいでしかなくて。
まだまだぐちゃぐちゃしちゃうけど、食べすぎた翌日食事の量を控える様に、不安定さを自覚してフォローしてあげられたら、それは出来たことにしようと決めた。
あれです、体力がないんです。余分なものに使う体力が私にはないんだ!と、そういう意味では一つ悟りを開いたと言っても良いかも知れません。

自分を大事にする、というよりも、死ぬ時に笑って死ねたらいいなーみたいなことを思ったりしていて……それは、その瞬間の自分を大事にするってことなのかもしれないけど。
でも、大事にし過ぎるのも私の性に合わないし、大事にするという言葉自体にしっくりきていなかったので、完成図を頭に描いたり、死ぬ間際を想像したり、全身で表現している子供たちといつまでも見つめあえるようにとか、そういう気持ちで自分のスタイルを作って行こうと思っているところなのかもなぁと。





食べても食べてもお腹いっぱいににならない日だったけど、起きてみると非常に胃が痛くて夏はやっぱりこうでなくっちゃ!(なんて思ってません)。

僕達はほんとうにヘナタトゥーで2週間過ごせるのか

書き出してから数日経ってやっと世に出るスタイルを結果貫くことになっている私の日記のようなもの。




ぼくらの勇気 未満都市が20年後にまた会おうの20年後(2017年、それは今)に放送されるということで、しかも、引退してる小原裕貴くんが出演するということで飛び上がったのが2週間くらい前で。それから懐かしくなっちゃってJr黄金期時代(みたいに言われていた時があったんですよ)のみなさんを振り返る、好きだったJrを検索する、という不毛な時間を過ごしました。
(※放送は2017/7/21、テレビの前で僕と握手)



ちなみに私が好きだったJrはこちら。
野中和久(関西Jr)
鈴木康哲


も少しいたんだけど思い出せない。
グループ的にはV6が好きでした。
覚えている記憶の限りで説明すると、高橋直気くんはいわずもがな。高橋譲くんとW高橋なんて言われてて、出てきてぶわーっと人気出たよね、たしか、うん。
野中くんは今は関ジャニエイトの横山くんとよくペアで雑誌に出てた(今見ても顔がめちゃくちゃかわいい)。尾身くんは雑な感じあったな。鈴木くんはダンスがめちゃくちゃキレイでKinkikidsがMステで硝子の少年を歌った時にバックで踊っている鈴木くんが一瞬写るシーンを巻き戻して何度も見る、というかわいらしいことをしていた記憶あり。
あ、怪談トリオなら川野くん派です。

こうやって検索するのは初めてではないのですが、今回かなり記憶がなくなっていることがわかりましたね…。野中くんの名前が思い出せず数々のパターンでyahooさんにお願いした次第であります(最初、外山とかで調べてたもん)。
………こんなことをしてもなんにもならないのはわかってるのですが、調べずにはいられないことってあるよね……、あ、ありますよね…?うん、うんうん、わかります。大丈夫、私もそうです。
(と私は私と対話する)





全然話は変わるんですが、前回のブログで
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なんか、でも、多分、テンション的には
「(両手を上げて伸びをしながら)あー、強くいないといけないのはつかれたなー」
みたいな感じです。
今日もよく働いたなーみたいな、そんなトーン。
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↑と書いて、書いた翌日にしいたけ占いの下半期がアップされて読んだところなんとまぁ↓


そういう「私は強くなければいけない」という自分のイメージに対して、あなたのもう一方の心がこう言っていると思うのです。
「ひとりでいろいろ乗り越えていく自分、飽きた」
って。これが今のあなたが迎えている最大の変化の波なのです。

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同じだーって。すんって入ってきた。安心もした。
強くなること、ひとりでできるようになることが常に傍にあってそれが普通だと思っていたんだけど、どうにも違うらしい…私の話すことが全く伝わらない人もいる。そして、全く理解出来ないやり方の人もいることに気づいたのが、去年…へたしたら今年に入ってからで…
違う人はいるのはわかっているけど、身近な人やお仕事をする上でこの人は違うと思っていたのに。みたいな。変な期待をしてた部分がずっとあり。


自然体、みたいなものを大事にする時に、
なにもしなくていいことを指す人もいるし、ある程度枠があるから楽になれる人もいる。
私は完全後者なのですが…
で、自然体ってワードでなんとなく思い浮かべるのは前者が多い気がするので…そうなるとふわふわしすぎて居心地が悪いのです。で、ひとりが楽だなぁって思う。
書きながら思ったけれど、私はふわふわしてるけど一緒にやりましょうって人が苦手なのかも。一緒にって時点でその人の都合の良いルールになってるような気がして。

でも、そういうのもちょっと力を抜くと余白が出来て自分と相手と両方のことを考えてそれから選択することができるんだなーと。
余白は人に作ってもらえないから自分が変わるほかないぞーとモヤモヤした時に唱えてる。


とか考えてて思ったんですが、話変わるなら前半と後半別エントリーにすればもっと頻繁にブログ書けるんじゃないの?





(話題のしいたけ占いはこちらです)

人生初、口内炎の薬を買う(そして塗る)の巻

正しく生きるってなんだろうって考えてたら車に突っ込みそうになったので、車に乗りながら正しく生きることについて考えることを私は絶対におすすめしません!



ここ三週間程、鼻、口、耳、胃、の中の粘膜という粘膜が弱っている感覚あり。
はじめて口内炎の薬を買おうと調べてみると、ステロイドが入っているものと入っていないものがあることを知る(!)  薬局に行って入ってなさそうな方を選んで家に帰って箱を見たらステロイド成分配合としっかり記入されていた(!)   で、それを塗っている(!)
そんな日々を過ごしています。


なんですかね、30代折り返しを目前にし季節の変わり目というか年の変わり目に一皮むけようとかそういうことを企んでいるのでしょうか、私の身体は。
なんなら、全身つるんとむけて色白で細身でもう少し身長も低くて柔らかい髪質で赤い口紅が似合う女性がつるんとでてきてくれたら良いんだけどなー(口内炎は治りましたよ)。



そーんな、相変わらずの毎日ですが会社で結婚式プロジェクトが立ち上がりそれに参加しています。普通にやったらめちゃくちゃお金かかるなぁー手をかけようと思えばいくらでもかけられるから∞だーー結婚式ってのは途方に暮れる作業だなーーー結婚式までにやるべきことが多すぎるよーーーーと他人事だけど自分のことのように。
いろんなひとがいるね。???ばかりが出てくる場面に遭遇したりもするけど自分じゃ想像できない景色を見れたりもする。これをもっと面白がれた時にきっと私にもやれることがもっともっと出てくるんだよなぁ…って。頭ではわかっているけど、まだまだ凝り固まってたり大事にしたいものを大事にしたいって駄々をこねてる部分あり。
しっかし、新婦さんの顔が私好みのべっぴんさんなので何着ても似合うし性格も気持ちのいい人だし、ここぞの時に着るように大事にしてたドレスを使ってはくれぬか。などと思うくらいには応援モードであります。


結婚とか結婚とか出産とか子育てとか生き方とかの話題が自分の周りを取り囲むように(気づいたら)なって、28才の時に子供を産んで(というか、お腹にいるとわかってから)、私はそれからずっと子供がいる暮らしをしているんだなーってしみじみと思うことが最近とても多い。
なんかあるたびにグッときたり、ぎゅーっとなったり、脱力したりしている。小学生というイベントの大きさにも震え上がっている。あの時、親という役がひとつ増えて興味の対象もやらなければならないと思うこともそこからがらっと変わって、変わらないと思ってたけど、まるっきり変わって。あの時に私もきっと死んで生まれたんだと思う。それは全然悪いことじゃないけど、それは決定的な何かでもある。
当時、さびしいって何人かの人に言われたり母の電話の声だったりで自分がぽたっとその世界から外されたような気分になったのを覚えてる。覚えてるけど思い出さないようにしてた。でもでも、きっと言っちゃうくらい寂しかったんだろなーって。もしかしたら、それだけ私のことを近くに置いてくれていたのかなぁって。そんなふうに良いように考えてもみてて、私もその人達を近くに感じていて大好きだからそう思ってしまったんだなって、今は考える。

子供をエクスキューズに使うのは卑怯だ。子育ても仕事も音楽も生きる全部を全部自分で選んだのなら弱音吐かずにやれよって自分に思ってた。思っている。
その世界にいたかった。おかあさんってタグ付けをされないくらい働いて好きなことをして、
お酒も飲んでバリバリやってますから!ってずっと。でも、使える時間は限られるし買うにしても作るにしてもごはんの用意をしてあげないと死んじゃう人がいることがプレッシャーになることはあった。なのにこんなにかわいくて、かわいくてかわいくて なのに苦しくなって苦しい自分を殺したくて、表面張力ギリギリのバケツを抱えながら生きていたなって。それは今もまぁそうなんだけど、最近それを思い出した。
と思ってたら高木さんのある文章を読んでホッとしたりもして。やっぱずっと不安なんだなーって、そしてどこか男性脳的部分で物事を捉えていて なのにとっても女の汚いところを持っていて。そもそも、女も男も弱いし強いし男性女性で分けられたくない!って思ってる。だから、そんな自分がすっごい宙ぶらりんで嫌いだったりして。まだまだ覚悟が足りない

まだまだ、覚悟が足りていないのだ!


溜め込むことはしんどい
自分の持っているものは誰かに使って欲しい
残しておいてもしようがない
使わないと意味がない
使うことが財産になる(ような気がしてる)
出来ないことを許してあげたいのは出来ないことを許して欲しいからで、わざわざいじわるしなくていいのにって思うのはいじわるされたくないから




あれ、あれあれ、全然まとまらないなー
文章にすること、もっとスマートにやりたいー!と思って打つのに、ブログを書く時って吐き出したい時であれもこれもとなってしまう。加えてめんどくさがりなので、毎日書くぞ!と決めてもこのざまなのです。


なんか、でも、多分、テンション的には
「(両手を上げて伸びをしながら)あー、強くいないといけないのはつかれたなー」
みたいな感じです。
今日もよく働いたなーみたいな、そんなトーン。



ほんとにほんとにほんとにほんとの最近といえば、
だんだん夏の雲を見かける日が増えてきて「おぉーきたきた」と静かにテンションが上がったりしながら仕事の行き帰り車内でひとりごとを呟く毎日であります。
半袖は3回くらい着ました。
今月中に一曲録音しなければいけません。
今週はあっさりしたごはんを食べたいなと思っています。
そんな日々です。

昨日感じたスピードの話はまた今度しますね。
今日もありがとうございました○


それをしてもいいんだということ、失敗しても笑ってもらえるかなという気持ち。

だいたい振り返るとめまぐるしかった、という感想になるのだけど、5月は(正確にはGW明けてから)毎日ダッシュの日々だった。やめられないインターバルトレーニングみたいな。

といいつつ、6月も今のところそんな感じでありまして嬉しい悲鳴ね。
それでも、いろんな景色に救われているf:id:DOKUMURAGIRL:20170609073553j:image


先日、ひとりでやった時の一曲。
はじめの方のグラスの氷の音がいいなぁとか、見ている皆さん息をひそめてくれてるのがわかるのがいいなぁとか、去年会って仲良く(ライブハウスであって話すくらいだけど)してくれた人がなんやかんやたくさんいて、安心の中できたなーとか。自分のことはループデビュー戦にしてはやれたよーって思いました。聞きながらあーしたいこーしたいも生まれていて、メロディとか歌詞とかその場の割にはカチッとしてるんじゃない?と。まぁ、ブレブレだけど。

ひとりでやってよかったなぁ。欠片がね、あ、これは欲しかったものの欠片だーって思えるような日でした。なので嬉しくてすぐアップしましたしここにも。一日一回見てる。とても好きだなー。自分だけど、とても良い感じだ。




私はそこからこぼれている自覚がある。
だから、考える。
私みたいな人間でも生きていていい世界を作りたいな。誰かの言葉を借りるなら、それはやっぱり優しい革命なんだと思う。

たぶんけっこうやばいんだと思う
自分ひとりじゃどうにもならなくて、でも、これは過去の私の結果で、
精算しなくちゃなのかな。
大事にしたいと思って抱きしめてたのに、それは全部許されないものなのかもしれない。


思考は言葉は身体は瞳は視線は全部全部私なのに。それを誇るでも蔑むでもなくて、ただの箱に入った私だったのに。

そのつもりだったけど



小麦粉ばっかり食べてるから日本人辞めたいみたいな話をしてるのかもしれないですね。

まさかこんなとこに穴があったなんて

っていう気分。
疲れちゃった。
人間になりたい。
どんなに頑張っても人間以下。

みんなどうやって生きているのだ。何を諦めて何を諦めてないのだ。


降りる駅を間違えて泣きそうになったけど、今日は満月だよと教えてくれた人がいたのできゅっと強くなった。
見てくれてる人はいるんだもん、大丈夫だよ。
わたしはいつも自分に言い聞かせている。


パニックになりそうで、もうほんとにそれはやめたい。

まだまだ80デニールが大事なお友達。全部出す日記

ウォーキング中 土砂降りにあたりびしょびしょマラソンになってしまい、服だけ脱いでちょっと休んだらお風呂はいろう〜ってそのまま寝てる…という……100人いたら100人に自業自得と言われる方法で風邪っぽい症状に(深夜に目が覚めるも布団を自分にかけることで精一杯)。
このまま寝ちゃ絶対にダメ!と背徳感を感じながら眠りにつくのは、きっと最高に脳は気持ちよかったのではないか…?などと、会話する余裕もなく慌てて朝の準備をするのが割と常です。

嫌われてもいいから好きと伝えたい。には、不安や心配のフィーリングがあり受け入れて欲しいというニーズがある。のかなー
あー、自分をそのまま、主張、とかも?
過去のトラウマみたいなもので片付けるのはやめて欲しいと思いながら、やっぱり過去を抱きしめてあげられてないのかな?って辻褄を合わせようとしてる。
過去に目を向けてから(というか、向けざるを得なくなってから)それはもう沼の中をかき分けて光を探すような終わりも始まりもない作業をずっとしていて、してる中でひとつ思ったことは、過去を今に繋げてるのも自分であるということ。答えなんてなくて、答えは出すものなんだと。そう思った時に、光が見えた気がするのです


男の人のどこに惹かれるかって、多分かわいさなんじゃないかな…と、15も上の人たちと飲んでいて、酔ってほっぺにちゅーしてる夫婦を見て、ライブを一番前ではしゃぐ人を見て、ちゃんと「嫌い」って言える人と話してて、この街は君と一緒の方が楽しいと伝えてくれる人に対して、漠然としていた「好き」に輪郭をつけられそうな気がする!って思えてきた。

男の人のかわいい部分って弱点だったりすると思うんですがどうでしょうか?
女の人ももちろんそうだけど、女の人は服装や髪型や体型やそういう本人から発せられる魂には変わりないかもしれないけど、でも、なんかしらで繕えてしまうものにも当てはまるので、男の人のかわいいの方が本気度が高いというか純粋度?純度?密度?そんなようなものがぎゅっと詰まっていて宝石みたいだなーって(私が男の人をかわいいと思う時がだらしなさや弱さ、理性が本能に勝てない時などによく思うので)。
それをかわいいと思える私の回路もやはり愛おしいし、それが私にとってのうれしいことなら、なにも悪いことなんかないじゃないか!って、結局ここに戻ってきちゃうんだよね。というお話は2月の中頃に考えたこと。


で、こないだの週末をずっとずっととても大事にして過ごしていて。
叶わなかったこと、嬉しかったこと、諦められたこと、進むための力を手に入れたこと、愛しさに愛しさで返すこと。
2日間にどんなことがあってどうだったかをうだうだ書くと薄っぺらくなってしまうので大事にとっておくけど、いや、そもそもなんにもなくて自分の中での出来事だったのだけど。違和感を手放そうと決めていた日だった。すっきりさせるんだって。だから、すっきりした。無理矢理かもしれないけど進みたいんだよーって、私は私に訴えていたよ。もしかしたら、誰かを傷つけたかもしれないし、がっかりさせたかもしれない。でも、私は生きたいんだ。
いや、生きるって何なの?って疑問はまた別のお話であるんだけど、いろんな選択肢を作り出して試してみることをしたくてたまらないというだけのことなのです。ね。
この話は、いつか、誰かとゆっくりお酒でも飲みながら話せたらいいな。


2016年は誰かの正しさに必死に応えようとしていた1年だったなぁと振り返ってみて思った。これもだめなの?これも?じゃぁ、これは?って、引き出しをひっくり返してすみのすみまで探して渡せるものを渡した。つもり。
そんなことを続けていた(自分の中の感覚では、そう)去年の終わりに片足を突っ込んだ頃、むくむくと「生きたいー、ものすごく生きたいー!」って感情が湧き上がってきて……。なんか、置いてきぼりにしてるぞ。私は私を置いてきぼりにしてるんじゃないか?って。自分なのに自分が引き裂かれていく感覚があった。
このままじゃ幸せになれないんだ。誰かを笑顔にすることはできないんだ、って気持ちがうわっと飛び出してそれはそれで抑えきれなくなって。それは今も続いていて、正直戸惑うことも沢山あるけど、今は戸惑いながらもこの気持ちを大事にしてみたいって強く思ってる。
だいたい、私は今まで「生きたい」と思ったことがなかった。多分、なかった。生きてることは感謝とかとは関係なく生かされていることで、死ぬ時は死ぬんだなって思いで行動していた気がして。生きる覚悟というより、死ぬ覚悟があったんだと思う。死ぬ覚悟があるからなんでもできるというか、どうせ死ぬ時は死ぬんだから死ぬまで生きよう…みたいな感じ。自分で死を選びそれを実行することが私にとっては最終手段で、それを自分の意思で行うことはとても怖い。怖さが何よりも勝ってる。だから、生きてる。
そこに意思はなかったかもしれない。


いつだったかも思ったことなんだけど、やっぱり、「使い切りたい」。
私は私を使い切りたい。
それぞれを生きて、たまに持ち合おう。
それを愛と呼びたい。