春は30デニールのタイツで

考える、の整理をしたいと思っています。

居場所とは2023

平野さんの私とは何かを数年ぶりに読み返している。自分を決めつけなくていい、誰といる自分が好きか、それはどんな気持ちか、好きな自分はどんな表情や振る舞いをしているのか。一つだけでは多すぎるとはまた別の人が言っていた言葉だけれど、うまく笑えない時間が多くなればなるほど自分のことが好きじゃなくなっていく。それはほんとうにそうだね。

積み重なれば積み重なるほど感覚は鈍くなって判断力が衰える。それもほんとうにそうだ。

 

コロナでいろいろ止まってその時も随分変わった感覚だったけど、それらを噛みしめて出てきた気持ちをじっくり立ち止まって考えたくなっている。あまり自分に対してこういうことをしたことがなかったのでどうやって選択していいかわからなくて、人生に迷っているなぁ、この年で人生に迷うんだなぁって新鮮な気持ち。

いざ自分で決めようと思うと良いとか悪いとかやりたいもやりたくないもよくわからなくて(やりたくないはわかる)、どういう状態になれば自分にGOサインを出していいのか不安になる。ただ飽きてるだけかもしれないけど、飽きるという感覚も今まであまり感じてこなかったから飽きるって言っていいのかとか、まさに路頭に迷うである。

仕事と思えば全部できると信じて生きてきたけど、そういうのがちょっともう難しくなっている。「難しくなっている」と言っていいのかな、もっと頑張れるんじゃないかって、結局ここでも悩んでしまって、全方位で選択を常に迫られ勝手にプレッシャーを感じて、私はいま、相当に無駄なエネルギーを使っているんだろうな。

 

自分ひとりやパートナーと考えるだけじゃ解決しないことがたくさんあって、家族の問題も仕事のことも結局は自分の問題として返ってくる。思考の癖や環境に影響されている状態は他人と照らし合わせないと違いがわからない。

 

責任を背負いこみすぎている。自分が悪いものと思いすぎている

勝手に他人を優先して自滅してしまう傾向にあるのでそれをしないようにしたい。そしてそれを正当化しないように気を付け続けるのだ。

ひとりの時間に憧れている時は調子が悪い。ただただ意識的に確保するだけ。

周りを気にせずに帰ったり休んだり、おいしいものを食べたり、やりたい作業をしたりするのが良い。

理由がないといけないと思ってるタイプなので瞬時に理由を作り続ける能力は鍛えられているけど、本当は理由なく思いのままに力を出せる人が一番強いのを知っている

じぶんがそうじゃないことも

 

辞める勇気がない。本当はただそれだけのことなんだと思う。